織物文化研究会講演会・探究心深める
所沢織物文化研究会(鈴木源太郎会長)は30日、松井公民館で同会の初代会長でもあり、民俗研究家・郷土史家として活躍している越阪部三郎氏(牛沼在住)を講師に、幻の織物と言われた「湖月縮」についての講演を聴いた。
越坂部氏は県内各地の小学校長を歴任しているが、退職後は所沢が「織物のまち」として栄えたルーツを探るため、湖月縮の研究を開始し、長い年月をかけて遂にこれを入手したが、この日の講演会でも会場に現在残っている貴重な湖月縮の着物や反物も並べて話をすすめ、多くの会員が熱心に聴講した。
越坂部氏は、昭和5年に作られた中山晋平作曲・永井白湄作詞の「所沢小唄」の歌詞に“ところ名物ソーリャセ湖月縮に飛行場”とあるものの、この湖月縮がどこにも見当たらないことから自ら探し出す決意を固めて以来、約30年間の長い歳月をかけて市内はもとより、入間・狭山・飯能など、さらには県外にも出向いて多くの人々の協力も得ながら調査・資料収集をおこなってきたこと。また湖月縮は大正初期に川越染色学校(現川越工業高校)を卒業した織物関係の青年らが中心となり、木綿の糸を使いながら絽や紗にも劣らない夏のおしゃれ着をつくろうと研究し、生み出された織物であること。さらには宣伝用に「所沢小唄」のレコード、竹久夢二による絵葉書も作成され、都内の高級デパートや関西方面で販売され好評を博したこと。織元を厳選してその製造は秘密とされたため、戦争により断たれた技術が戦後復活することはなかったことなど詳しく解説したが、集まった会員の皆さんも持ち込まれた貴重な湖月縮の着物・反物を手に取り、現代に受け継がれている美しい織物が今は織られないことを残念に感じながらも、「所沢の宝」として永く後世に受け継がれることを望んでいるようだったが、90歳を超えた今も意欲的に活動する越坂部氏に刺激を受け、織物へのさらなる探究心を深めたようすでもあった。



